「綱」打ちと「網」打ち、相撲関連の激似する漢字・言い回し

 漢字の糸へんに岡、最後の1~2角が違う。

そのあと、打ちと2文字が続く。

「綱打ち」と「網打ち」

どちらも相撲に大きく関連する言葉である。

「綱打ち」は先日にもお伝えした通り、横綱昇進時と東京場所前に作られる。  
さらに訳せば、横綱土俵入りに締める化粧廻しの上につける綱を作る儀式の事を言う。

これに対して、「網打ち」は儀式や式典ではなく、れっきとした82ある相撲の決まり手のひとつである。

網打ち(あみうち)・捻り手(カテゴリー)・・・相手の差し手を両手で抱え、体を上手の方に開いて後ろへ振り切るよううにい捻り倒すこと。魚をとる投げ網の形になるためにこの名がついた。
大相撲力士名鑑より

というぐらいだから、かなり豪快かつ奇抜な技と言えようか。

ご覧あれ。

おさらい

「綱打ち」・・・横綱土俵入りに締める化粧廻しの上につける綱を作る儀式の事

「網打ち」・・・(相撲の決まり手で)相手の差し手を両手で抱え、体を上手の方に開いて後ろへ振り切るように捻り倒すこと。魚をとる投げ網の形になるためにこの名がついた。

となる。

答え合わせ終了。

初場所番付発表、高鳴る高揚感。

 26日、初場所の番付が発表された。

新と再は以下の通り

幕内
再関脇 髙安(田子ノ浦)
新小結 琴ノ若(佐渡ヶ嶽)若元春(荒汐)
再小結 明生(立浪)
再入幕 剣翔(追手風)水戸龍(錦戸)千代丸(九重) 

   湘南乃海

十両
新十両 湘南乃海(高田川)
再十両 朝乃山(高砂)白鷹山(高田川)

来場所も優勝争いに焦点をあてて考えると、やはり関脇以下の力士が中心となり、場所を盛り上げていくのではと推察する。

特に関脇から前頭4枚目までは、この「豪華版」とも言える顔ぶれである。

関脇 若隆景・豊昇龍・髙安・正代
小結 霧馬山・琴ノ若・明生・若元春
前筆 翔猿・大栄翔
前2 御嶽海・玉鷲
前3 阿炎・翠富士
前4 錦富士・佐田の海

照ノ富士は、次の場所も休場なのだろうか。
貴景勝も、失礼ながら優勝争いをグイグイ引っ張っていく姿が、正直想像しにくい。

やはり、ここ1~2年ぐらいでグンと力をつけてきたこの↑力士たちから(もちろんベテラン勢も健在だが)切磋琢磨しながらの賜杯の行方、(いい意味での)星の潰し合いは、想像しただけで胸が高鳴る。

優勝賜杯は、誰の手に。

もう12回寝ると、初場所だ。


    

白鵬の引退相撲の準備が着々と進行中

 横綱・白鵬が引退を発表して、早いもので1年以上が経つ。

来年1月28日の引退相撲に向けて、土俵入りする際に締める、不知火型の「綱打ち」が宮城野部屋で行われたようだ。

綱を作る材料は、「麻」と「晒木綿」と「銅線」
日数をかけて作った3本の綱に、部屋の力士が総出となり、締め込みに紅白のねじり鉢巻、白い手袋をはめる。
土俵隅の鉄砲柱に中央部を巻きつけ、両端を取って左撚りに練っていく。
笛や太鼓に合わせ「ひぃふぅみぃ、それいちにのさん」と威勢のいい掛け声を発し、繰り返し撚っていく。 横綱(三十五)綱打ち式より一部抜粋。

数々の大記録を打ち立てた大横綱の最後の土俵入りを今から楽しみです!

2013年に行われた綱打ち式の動画を見つけました。

この動画だとねじり鉢巻はしてませんね。
失礼しました。

土俵を彩る、ペコちゃんとポコちゃん。

  時津風部屋2大関取、正代と豊山。

残念ながら新潟県出身の豊山は、先場所限りで引退を発表したが、お菓子メーカー・不二家から寄贈されたかわいらしい、ペコちゃん(正代)ポコちゃん(豊山)の化粧廻し。

不二家には、東京農業大学出身者が多く在職している縁で、実現したとか。

※(株)不二家は、ケーキなど洋菓子を中心に菓子類の製造販売を主とする老舗の食品メーカー。
筆者は、ミルキー、カントリーマアム、ホームパイを好んで食べてます。

もう少しこのセットとコンビで、不二家さんの化粧廻しを付けた土俵入りが見たかったです!

正代よ、初場所は奮闘してくれや、頼むぜ!

54連勝の野望を打ち砕いた、横綱の矜持

 第58代横綱・千代の富士。

通算1045勝、幕内優勝31回を誇る(主に)1980年代に一時代を築いた大横綱である。

強かった、強かった。

度重なる肩の脱臼により、それまでの投げに頼る取り口から、左前みつを引きつけて一気に寄って出るスタイルへと変えた事が功を奏し、番付が上昇した。

そんな千代の富士、上記の記録に加え、連勝記録も樹立する。
昭和63年5月場所7日目~昭和63年11月場所14日目に打ち立てた53連勝。

今日はここにスポットを当てようと思う。

結論から話す。

この記録に立ちはだかったのは、第62代横綱・大乃国。
そう、同じ横綱が記録をストップさせたのである。

ここまで横綱として(1988年11月場所まで)
千代の富士 横綱在位44場所
      優勝回数25回  

記録している対して

大乃国   横綱在位7場所
      優勝回数2回

と、実年齢からの通算在位を差し引いても、同じ横綱でありながらも、格の違いははっきりとあったように思う。

取組を振り返る。
立ち合いと同時に左上手を取る大乃国。
千代の富士は右下手・左半身、苦しい体勢だ。
その右下手から崩しに掛かるウルフ。
そこを大乃国、千代の巻き替えを許しながらもしゃにむに出る、寄る!
最後は左のど輪からの寄り倒し!!
千代の富士の連勝、53でストップ!
座布団舞う、福岡国際センター!!

取組後、勝者・大乃国は
「俺だって同じ横綱。勝っても不思議じゃないだろ」
と、記者たちに言い放った。

1988年(昭和63年)九州場所、千代の富士はこの敗戦の1敗のみで通算26回目の優勝。
男を上げた大乃国は、西横綱で11勝4敗で場所を終える。

翌1989年以降の両雄は

千代の富士、5回の優勝を記録。
1991年5月場所、初日貴花田に敗れ、最終的には3日目貴闘力に黒星を喫し、
今でも語り継がれる「体力の限界、気力も無くなり、引退することになりました」と会見し潔く引退を決意した。

一方の大乃国。
ケガや病気に苦しみ、優勝を果たすことはなかった。
1991年7月場所、奇しくも千代の富士が引退した翌場所に引退、当時28歳9か月の若さだった。

千代の富士の連勝を止めた、横綱・大乃国 康。
この大一番は潔癖すぎるほどの真面目さが、正義を証明した瞬間だった。