年寄・井筒 元明瀬山を思い返す

 現役引退から1年半、明瀬山は年寄・井筒として木瀬部屋の部屋付き親方として活躍中。
相撲協会員としては、指導普及部・社会貢献部に身を置いている。

人間性、キャラクターの良さは今さら言うまでもない。
東京開催の国技館に行けば、花道(通路奥)や売店周辺で時折お見掛けする。

爆発的な力(これといった)決定的な型を持ち合わせていなかったように思えたが、大学を卒業したばかりの22歳の青年が38歳まで現役を続けられた理由として「師匠の指導のおかげでした」と謙遜気味に答えたという(引退会見時のコメント)

改めて番付の変遷に目を通したが、十両昇進までは順調に駆け上がっていくも、幕内昇進は(初土俵から数えて)8年を要している。
(私はあとから知ったのだが)腰のヘルニアに悩まされ、出世の阻害となった要因らしい。

最高位:東前頭12枚目(2021年3月場所)
各段優勝2回
幕下 (2009年7月場所)
序ノ口(2008年3月場所) を記録。

好角家・能町みね子氏が命名したという「パンの山」と形容されたその垂れ下がった肉体で奮闘する動画を見つけた。
時は2021年初場所(5年ぶりの再入幕・明瀬山唯一の幕内勝ち越しを決めた場所であった)人情味あふれるインタビューも途中に収録されている。

(引退時に親方としての抱負を)「『この力士を応援して良かった』と思ってもらえるような力士を育てたい」と語ったそうだが、その言葉に匹敵する・相応しい若者を見つけられたでしょうか。

最後に、当時相撲ファンの間で話題となった断髪直後(大銀杏を切り落としたすぐあと)に明瀬山自身が朗読したメッセージの動画を貼り付けて、今日のブログを締めたいと思います。
9分以上に及ぶ感極まるスピーチでした。

井筒親方、今後とも変わらず応援させていただきます!

川副が再び輝きを取り戻す

 学生横綱から鳴り物入りでプロ入り
川副圭太もケガによる番付降下を余儀なくされた。

新十両場所(2023年7月)での左足関節靱帯損傷
次の場所でも右足肉離れを起こしいずれも途中休場
番付を序二段23枚目まで落とした(昨年7月)
その間に所属していた宮城野部屋も伊勢ヶ濱部屋に転籍。
気苦労もあったであろう(現在でも)

1月の初場所は東幕下60枚目で5勝2敗。
ほぼ同じ、似たような体格の炎鵬とは現在、偶然にも番付が近い。
再十両出世争いでどちらが早くたどり着くかという観点で見ても非常に興味を感じる。

たまたまテレビで見ていた初場所千秋楽の琴大進戦では、絶妙なタイミングで鮮やかに「内無双」を決めていた。
更にこの体格で「うっちゃり」を通算2回決めて勝っているというのだから驚き。

3月春場所の新十両昇進が決定している同部屋の草野とは同郷(熊本県宇土市)で保育園の頃からの幼なじみという(川副が2学年上)

捲土重来なるか。

大翔丸よ、追手風に光明をもたらせてくれ!

 翔猿の不祥事に揺れる追手風部屋。
この悪い空気・雰囲気を一掃したいところ。

部屋の力士を下にスクロールしたところ「大翔丸」の存在が。
その大翔丸のこの頃を要約して振り返る。

直近の初場所は西幕下34枚目で3勝4敗の負け越し。
関取陥落後、早や2年半ちょっと(16場所)
日大相撲部出身のエリートで、最高位は東前頭5枚目。
気づけば年齢も33歳。
主だったケガもここまでなし。
記録上の1休はコロナ関連によるもの。

基本は突き押し相撲。
幕下優勝を1回(2015年7月場所)記録している。

四股名の下の名前「翔伍」は本名でもある。
なので追手風の象徴「翔」の字が2文字存在している。
追手風に入るべくして入門したか。
だるまの化粧廻しを締め、土俵に上がる大翔丸の姿を俺はまた見たい。


翔猿に黒い噂が聞こえてきた

 人気力士・翔猿にパワハラ疑惑が。

報道されてる限りではこんな記載があった。
現在、翔猿の付き人をしている同部屋(追手風)の薩摩翔(初場所・西序二段22枚目)が翔猿からいじめを受け、(そのストレスで)側頭部と襟足辺りの髪の毛が大量に抜け落ちているというもの。
薩摩翔の画像です↓↓↓

以前にも付け人が4人も辞めているそうで、おそらくいじめに嫌気が差したものだろうか。
バラエティ番組に出演しているところを何回か見たことがあるが、機転が利き、ユーモア溢れる印象。
(何をしてくるかわからない)相撲っぷりが好きだし、(横綱大関を破ったあとの)殊勲インタビューの受け答えが楽しみで仕方ないと思わせてくれる力士である。

しかし、それはそれ。これはこれ。
徹底的に調査をし、真相を洗い出してほしい。
これが事実なら厳罰は必至。有耶無耶にしてはいけない。

今回のスキャンダルから平行して、翔猿の本性、性格的な一面が感じられた実際の取組がこちら。
昨年1月、横綱・照ノ富士戦。

ルールに反してないし、事実、相撲には足技が複数ある。
相手の弱点を突くのは勝負事の鉄則。
しかし、横綱が長年古傷として抱えている膝に(その事がわかりきっている)格下が足を飛ばすというのもなんだか。
照ノ富士がしばらく睨みつけた気持ちもよく理解できるし、翔猿側に立ってみれば勇敢に挑んだ、戦ったとも言えますが。
今のご時世の物差しで見ると・・・。と感じられる気がします。
(この一番に限って言えば)私は照ノ富士同情派でした。

翔猿関、今後の処遇・立場がわからなくなってきました。




今から目に焼き付けておこう!

 今年はどういう訳か2月2日だった節分。

昔から力士や親方もあちこちの神社にお呼びがかかる。

新鋭・安青錦も師匠の安治川親方と一緒に豆まきへ。

この動画は所属する安治川部屋に程近い江東区の宇迦八幡宮での様子です。
こちらに来る前には、豊川稲荷でも豆を巻いたとか。

手前勝手な妄想を膨らませれば、丸一年後にはどこまで番付を上げているのか
楽しみが止みません、この好青年には・・・。

他の動画では、目の前のお子さんにまとめて豆をあげている安青錦関を見かけました。

優しい!