豊昇龍の体たらくと炎鵬感動物語 2026夏場所初日

 横綱・大の里と大関・安青錦が初日より休場。
大黒柱2名が抜け、横綱・豊昇龍にはおのずと責任と注目という名の重圧(しわ寄せ)が自然とかかる。

しかし、結びの一番(髙安戦)で早くも醜態をさらした。
髙安のもろ手突きをかいくぐって巻き替えにいくも、頭を抑えられながら上手投げを決められ、土俵中央にバッタリ。
しばらく立ち上がれず、足を引きずりながら退場。途中で引き返しきて、どうしたのかと思ったら土俵に一礼。その後は付き人と新米若者頭・千代丸らに支えられて退場。奥の廊下で車椅子に座って搬送されるという始末。
もはや、この夏場所は2日目から横綱がいなくなるのか!?
ここまでケガの続報が聞こえてこない。

大関復帰の霧島は落ち着いて隆の勝を叩き込んだが、琴櫻がいただけなかった。というより、藤ノ川が良かった。右に左によく動き、的確に押し、突き出し。意識・集中力・気合、要するにメンタルでも上回っていたと感じた。
現在3場所連続勝ち越し中、今場所も話題を振りまくか。

幕内上位再登場の豪ノ山(西4枚目)
出足と馬力で元春を押し出し。先場所中盤まで9勝1敗の活躍(快進撃)は今場所も見られるか。

史上初の偉業、幕内から序ノ口に転落ののち、関取に返り咲いた炎鵬の復帰初戦。
栃大海を相手に押し出した。
「最高ですね。つくづく今日までやってきてよかったと思う」
成し遂げた本人にしか言えない心境を取組後の談話として残してくれたようである。
少し体重が増えたらしい、肉付きがよくなったように見えた。

嵐富士、待ったなし!!

 今年初場所の伊勢ヶ濱勢一斉改名により「嵐富士」となった旧・松井。

初土俵からじわじわと番付を上げ、5月夏場所は自己最高位の東幕下2枚目で戦う。
念願の関取昇進へ向けて調整にぬかりはないか、準備は整ったか。

福岡県糟屋郡出身、アマチュアで実績を上げ(鳥取城北高校出身)
前・宮城野の白鵬氏が勧誘、幕下付け出しで颯爽とデビューしたのが2年前の春場所。その後、大勝ち(6勝以上や各段優勝)こそないものの、ここまでこぎつけてきた。

172㎝・123㎏と相撲協会のプロフィールには記載がある。

押し相撲の決まり手で稼いでいる勝ち星が多い。
突き押しの先制攻撃を仕掛けて距離を取り、忙しく動いて白星を掴み取りたい。

所属部屋の不祥事が伝えられた昨今、来たる夏場所で「嵐を呼ぶ男」になれるか。


3度目の幕下で山藤が残した爪痕

 自身3回目の幕下で迎えた春場所も残念ながら3勝4敗で負け越し。

けれども、その独自のスタイル・存在感(爪痕)はきちんと残してくれた。
2勝4敗で迎えた千秋楽、対戦相手は悠錦(はるにしき・朝日山、西三段目2枚目)
悠錦、委細構わず強引に出るも、山藤かいくぐって相手の左腕を取り、とったり!!

この超細身(76,3㎏)が128,9㎏の悠錦を裏返した。
50㎏差もなんのその。山藤らしさ全開のこの相撲だった。

しかし現実はそう甘くなく、この体格が後塵を拝することになっているのか、幕下に番付された場所での勝ち越しは今回も持ち越しとなってしまった。

おそらく、来場所は幕下に踏みとどまることができず、三段目上位に番付されるのではという識者の見方である。

炎鵬、復活なる!

 番付編成会議において炎鵬の再十両が正式に発表されている。
幕内経験者が序ノ口まで降格後に関取に復帰するのは昭和以降史上初。
とあった。
ちなみに現・伊勢ヶ濱親方(元横綱・照ノ富士)は大関から序二段まで番付を落としている。

周囲の反対にも首を縦に振らず、我慢と鍛錬を重ねた3年。
劇的復活を成し遂げた。
・伊勢ヶ濱部屋への転籍
・左足剝離骨折(昨年7月)
・今年1月、旧宮城野部屋出身力士が一斉に「富士」に改名する中、自身は改名をせず引き続き「炎鵬」を続行と、心身ともにいろいろとすり減らし続けたはずだ。

これらの苦難を乗り越え3年ぶりに十両の土俵に立つ炎鵬。
どんな相撲を見せて土俵を沸かせてくれるのか。
関取在位30場所目を数える夏場所の炎鵬の活躍が今から楽しみだ。

若嶋津3番勝負

 春場所8日目にあたる3月15日に、元大関若嶋津こと日高六夫さんが肺炎のため亡くなっている。まだ69歳の若さであった。

鹿児島県種子島に生まれ、南国出身の精悍な顔立ちからついたあだ名が「南海の黒ヒョウ」

大関在位28場所、幕内優勝2回を数える「昭和の名大関」
思い出の3番を振り返る。

①1985年3月場所14日目 対千代の富士戦
とにかく千代の富士に勝てなかったが(対戦成績3勝25敗)その3勝の中の1勝がこれ。
がっぷり四つ、引きつけあいのかけ引きが十分堪能できる大相撲。

②1984年3月場所14日目 対北の湖戦
初優勝を決めた一番。
横綱・北の湖に吊り上げられこれまでかと思いきや、逆襲の寄り切り!
場内の大声援、興奮ぶりが伝わってくるかのようだ。

③1984年7月場所13日目 対北の湖戦
2回目の優勝を決めた相撲。
またも北の湖と堂々と渡り合い、最後上手投げで決めた。
いよいよ横綱昇進へと機運が高まってきた頃。

現役時代を終わって振り返れば、①番と取り上げた千代の富士戦の2場所後のケガによる途中休場を機に優勝争いどころか、2ケタ勝利も上げられず1987年7月場所途中で現役を引退している。

しかし、親方時代も含めた「相撲人生」として捉えてみると、人気歌手・タレント業を引退して、若嶋津を支え続けたみづえ夫人の献身ぶり、家族と同期生・ライバルとして切磋琢磨した太寿山の存在、松鳳山・島津海・一山本ら計7名もの関取を育て上げた「名伯楽」ぶりを思えば、大成功の相撲人生だったと位置づけられる。

ご冥福をお祈りいたします。