正代直也、32回目の誕生日🎂

 相撲協会公式ツイッターを見れば、今日はなんとあの正代の32歳の誕生日ではないか!

今場所(九州場所)は、東前頭2枚目。
まだまだ幕内上位の一角として活躍する使命があり、それは若手力士の壁・お手本的存在であり続けることを意味し、三役上位陣に対しても名前だけで心理的プレッシャーを与え続けられる力士だ。

先場所は東の3枚目で8勝7敗。
3連敗スタートからの9日目終了時点で3勝6敗で「これは(勝ち越しが)難しい」と思っていたが、そこから巻き返して翌10日目以降は5勝1敗で最終的に勝ち越してみせた。

何が言いたいかって、得意の右四つ(右差し)に持ち込んだらまだまだ全然いける!
具体的に挙げれば、先場所13日目以降のラスト3番は力強かった。

今場所(熊本県出身の正代は)ご当地九州場所。
地元・宇土市に正代の勝利を祝う祝砲の花火を何発打ち上げることができるか。

ちょうど1週間後の日曜日、正代が九州場所の土俵に降臨する!

これくらい気迫あふれる、闘志をむき出しにするような相撲を見せてほしいものだが↓↓↓

このタオルを手に正代に念を送ろう↓↓↓

こんな感じです↓↓↓

高田川師匠の評判と3代目・若乃花のエピソード

 昨日・おとといと2日連続で(相撲の)トークライブに出掛けてきました。
順におとといは埼玉県草加、昨日は東京・池袋と。

そこで記憶、印象に残った話題・ネタを紹介します。

25日の草加にて
いろんな忘れられないネタがありましたが、高田川親方の寛大さってところですかね。
アメとムチの使い分けが絶妙らしいんです!

所属力士全員に分け隔てなく声を掛ける。
⇈簡単にできることではないです。
「いいよ、いいよ」「絶対にこれを続ければ上に行けるよ!」「自信持ちなよ」
などなど、プラスに前向きな声掛けが次々に出てくるらしいんですよ。
かなりキツいことを言っても、必ずどこかでフォローがあるらしい(当然と言えば当然ですが)

(全員ではありませんが)中卒力士が多いのもこの部屋の特徴。親方なりのこだわりがあるみたいで。

親方の現役時代(殊勲インタビューなど)そこだけを取ると、不愛想・仏頂面(極端なまでの)無口など良い印象があまりなかったのですが、わからないものですね。

埼玉・草加にある居酒屋・闘勝花。気さくでおしゃべり大好きな元力士の店主が営む楽しいお店でした。

お店の情報です↓↓↓

https://tabelog.com/saitama/A1102/A110203/11033952/

26日・池袋編
「豊ノ島の部屋」と題したトークライブ。

豊ノ島とゲスト、3代目・若乃花でのやり取りの中で一番印象に残った(楽しい)話題は
(20年以上経ったから言えるが)若乃花が横綱在位時に7勝8敗で負け越した時のエピソード。
若乃花は当時の師匠(父でもある)貴ノ花に「引退します!」と即刻、その旨を伝えたが、師匠は「まだやるよな、まだやるよな」と3~4時間かけて強引にねじ伏せられたらしい(引退撤回をさせられた)とかで、千秋楽の打ち上げパーティーをやっているというのにそこを抜け出して、当時の理事長だった時津風理事長に2人で「現役続行」の意志を伝えに行った・・・の逸話があったそうだ(笑)

あと、現役の頃の若乃花は立ち合いの「待った」が比較的多かったが、そこで怒鳴りつける感じの鏡山審判(元横綱・柏戸)の注意は何を言っていたのかさっぱりわからなかったとのこと。会場がドッとウケてましたね。

NHKの中継画面でも、よくブチ切れた鏡山(柏戸)の姿は映し出されてましたが・・・(笑)

来年のカレンダーはいかがでしょうか↓↓↓

豊山3代 「新潟県」 「東農大」

 この「豊山」という四股名は、名門・時津風部屋に受け継がれる由緒ある四股名である。

過去に3名存在。
有力・有望な力士に引き継がれた訳だが、この3人には共通点がある。
それは「新潟県出身」で「東京農業大学出身」であることだ。

3代目・豊山

元前頭、本名・小柳亮太の近影。

本人・X(旧ツイッターより)

去年11月場所限りで引退。今年4月に秋葉原で四股踏みトレーニングをメインとしたパーソナルジムをオープン。

そのトレーナー業だけに留まらず、故郷・新潟や東京でのハーフマラソンや各種スポーツイベントへの参加。見据える先には、来年3月の東京マラソンを走ることにあるそうだ。
「元相撲取りでも、ここまでやれるんだ」というアピールか。

現役時代の体重は178㎏あったが、現在は120㎏台らしい。
上に貼った画像は、それ以上に瘦せたかもしれない。髪の毛切って、ひげもきちんと剃って。精悍な印象すら漂う。

現役時代の最高位は、西前頭筆頭で敢闘賞1回を受賞している。

「2024年は楽しみにしてて」と自身のツイッターで予告めいたことをつぶやいていたのが散見されるが、これは何を意味するのか。

学生時代は同学年で近畿大学の石橋広暉(後の朝乃山)とともに学生相撲界のトップを走り続けた逸材を持ってしても、年寄株取得困難になった犠牲者になった一人か定かでないが、相撲(四股)をベースにした個人事業の成功をどこまでも祈りたい。

初代・豊山

1961年から1968年まで現役として活躍。
最高位は34場所務めた大関。
初土俵(幕下10枚目格付出)から大関まで所要13場所。早い時期から横綱を期待されたが、大事な一番になると硬くなって取りこぼすなど優勝に縁がなく、遂に横綱昇進は果たせず未完の大器に終わった。1968年9月場所限りで引退。

引退直後に師匠だった元・双葉山が死去。元・鏡里の当時立田川の継承を経て、豊山に(時津風継承の)お鉢が回ってきた。
育てた関取として、豊ノ島・大豊・時天空・蒼樹山・天ノ山などが主な面々。

また、1998年から2期4年に渡り理事長に在職。相撲界の改革に尽力した。

2代・豊山

1970年3月場所から1981年まで現役として活躍。
最高位は東小結。幕下付出(59枚目)デビュー。のちに横綱まで登り詰めた輪島の1場所あと。高額な契約金や雑用の免除、引退後の部屋継承という異例の好待遇で花籠部屋に入門した輪島に対し、長浜(豊山)は年寄名跡の確約のみで時津風部屋に入門し、自ら進んで中卒の新弟子達に混じり、ちゃんこ番や掃除番など部屋の雑用も積極的にこなしていたという。

その横綱・輪島戦には激しい闘志を燃やし、金星4個を獲得した(通算対戦成績は豊山の8勝12敗)するなど善戦。

1981年5月場所限りで引退。年寄・湊を襲名。湊富士などを育てた。
教員免許を持つなど文武両道の2代・豊山だったが、2020年9月19日、膵臓がんのため、72歳で逝去している。

時津風部屋に栄光あれ↓↓↓


正代の 良い・普通・頑張ろう ~秋場所より~

良い正代 7日目・貴景勝戦
貴景勝ペースで進む。突き放し、左からのいなし、強烈な張り手を右から左から1発ずつ2発浴びせる。引いたところにつけこみ押し出して正代。張られたあと明らかに表情が変わった。 
貴景勝も初日黒星スタートのあと、5連勝できて6連勝を狙いたい取組だったのだろう。元大関に勝って更に勢いにのっていこうという腹積もりだったのかもしれないが、眠れる「正代」を起こす形になってしまった。正代の「気合入った版」これを常時見てみたいものだ。

普通の正代 14日目・朝乃山戦
正代だって元大関。こちらも元大関・朝乃山。自らの不祥事で一時は三段目まで番付を下げたが、捲土重来を期して番付を前頭2枚目まで戻してきた。
お互い五分の立ち合い、右差しから迷うことなく電車道。体・重心を預けて寄り切った。
実力者同士の実力伯仲の対決に思われたが、正代だってもっているものをいかんなく発揮し、積極的な相撲を取ればうまくいく、白星が取れる好例とも言っていいだろう。

頑張ろうの正代 6日目・霧島戦
霧島からの左のど輪で顔をはね上げられたが、左が入って寄って出た。勝負を決めに寄って出たが、霧島左からの強引なすくい投げ!正代は回しを引いてない分、伝わる圧力も弱めになり、体が伸びかかり気味のところに、霧島のすくい投げを食った形になってしまった。勝ち急いでしまったのか、もったいない一番を落としてしまった。

正代と申します↓↓↓

熱海富士と正代に感謝申し上げます 

 貴景勝の優勝、熱海富士の大健闘から一夜明けまだ興奮が冷めやらない。世間・ネット上では決定戦での決着(というか立ち合い)に対して、やはり非難の声が多いようだ。
今日はどういう内容で投稿しようか考えたが、私の推し力士・熱海富士と正代の今場所の相撲を何番か振り返ろうと思う。

今場所の熱海富士に「パワー」「破壊力」「圧力」などの表現する言葉が並び、よく目についた。
しかし11勝を振り返ってみると、土俵際の粘り勝ち・劣勢からの逆転で勝利を積み重ねたのも印象に残っている。

~14日目・阿炎戦~

優勝争いも佳境に入っていた14日目、阿炎の立ち合い大きな変化で、普通ならこれで終わる・足が出てしまってもおかしくないぐらいだが、ここで持ちこたえ逆襲に転じ、力強く寄り切った相撲。稽古相手に恵まれた伊勢ヶ濱部屋で日頃からかなりの番数をこなし、鍛錬を積んでる証だろう。見事に阿炎を打倒してみせた。

~6日目・御嶽海戦~

取り直しになったこの一番。本割りにしても、土俵際で決着がついた似たような相撲だった。相撲内容は決して褒められたものではないが、ここで残れたのも稽古の賜物ではないかと思い取り上げた。

~(3日目)妙義龍戦・(4日目)千代翔馬戦~

相撲巧者・妙義龍戦でも、右四つから出し投げで崩して寄って出てきたところに小手投げでズバリと決め、翌日の千代翔馬戦でも土俵際ですくい投げを決めてみせた。劣勢を挽回できるメンタルと強靭な肉体・スタミナも徐々につき始めているのであろう。

ー今場所の正代

今場所3関脇に3連敗スタートの正代、厳しいかな・難しいかなと思っていた。
そこから豊昇龍と貴景勝の両大関を撃破したのは痛快だった。「ようやく目が覚め始めたかな」と。

~4日目・豊昇龍戦~

鋭い踏み込みから一気に押して出る豊昇龍。左が入った正代。思い切りよく振り回すようにすくい投げを決めた。先輩大関は新大関へ相撲を通してメッセージを送ったともいうべきか。

~7日目・貴景勝戦~

貴景勝がいなしたあと、強烈な張り手を右に左に食らわせるも正代は怯まなかった。逆にそこにつけこみ押し出した。終わってみればこの張り手で正代の闘志に火がついた形になった。

~14日目・朝乃山戦~

14日目のこの相撲は会心の相撲だった。立ち合いからもろ差しとなり、一気に寄り切って朝乃山を寄せ付けなかった。全くの正代ペースで強さと逞しさを感じ「やればできるじゃん・いけるじゃん」と思えた。

ー二人への所感

正代
左足首や右足親指の過去のケガの具合はどうなのか、全てが完調というわけではないだろうが、私はまだまだ十分に三役上位で2ケタ勝てるだけの力があると見ている。
31歳、全然老け込む年ではない。

熱海富士
これはサイドストーリーになるのだが、熱海富士は母子家庭で苦労して育ったと聞く。
小学生の頃には仕事の母に代わりに夕食を作り、高校時代は家計を助けるため、皿洗いのアルバイトで通学交通費などを自ら稼いだそうだ。しかし、熱海富士からはそういったつらい過去から卑屈さや自虐的な面が全くなく、どこまでも温厚で礼儀正しく、穏やかで和やかな好青年をこれからも応援し続けようと強く思った。

秋場所を盛り上げてくれてありがとう、両雄へ。

来場所も頑張ってくれ!↓↓↓