放駒親方に流れる格闘DNA

 現在、年寄・放駒は元関脇玉乃島が18代として受け継いでいる。

2011年11月場所で引退後は年寄「西岩」を襲名し、片男波部屋付きの親方になった。これは現・西岩の元若の里からの借株だったため、2013年5月に空き名跡になっていた「放駒」を取得し、名跡変更した。翌年、同門の松ヶ根部屋に移籍し、同年12月に二所ノ関部屋に改称され、以降は二所ノ関部屋付きとして活動。当時の二所ノ関親方は、“南海の黒豹”こと元大関若嶋津である。

2021年12月、二所ノ関部屋を改称し、継承する形で放駒部屋の師匠に就任した。

部屋発足直後は千葉県船橋市の旧二所ノ関部屋を拠点としていたが、2022年4月に東京都足立区六町に新築され、現在に至る。

総勢8名
関取は、東幕頭8・一山本、西十両7・島津海 の2人となっている。

長い前置きになった。

この放駒親方の父は、プロボクサーであった。
しかも、元日本ジュニアミドル級・ミドル級の2階級制覇チャンピオン。
リングネームはタートル岡部。

笹崎ジム所属というから、あのファイティング原田を筆頭にたこ八郎こと斎藤清作など多くのチャンピオンを輩出した東京都目黒区にある名門老舗ジムである。

重量級の2階級で戦ったDNAは、2人の息子に相撲力士という形で受け継がれた。

1人は、元玉乃島。
1人は、元十両7枚目・玉ノ国。

また、この兄弟の伯父(父の妻の兄)は元大関清國でもある。

力士・玉乃島を引退して、10年以上経過しているが、この間にダイエット・減量をして70㎏も体重を落としたという。このあたりも遺伝子が関係してるのか。

      放駒親方の近影

二所ノ関部屋から改称・継承し、足立区に部屋を新築。一国一城の主となって1年。

春場所を目前にして、愛弟子8人の稽古を見つめる放駒親方の視線は、日増しに鋭さを増している。

放駒部屋と言えば↓↓↓

 

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