黄金の左、煌く3番

 第54代横綱・輪島大士。
とかく豪傑な力士で、エピソードに事欠かない。

プロ入門時の高額な契約金や(入門前での)引退後の部屋継承の保証。
私生活の派手さ(豪快な遊びっぷり)
好敵手・北の湖との「輪湖時代」とも呼ばれたしのぎ合いなど、語りつくせぬほど逸話の数々がある。

「黄金の左」と形容されたその強い強い下手投げで掴んだ勝利数は42。
その厳選した3番をお伝えしたい。

①1973年(昭和48年)5月場所14日目 対 横綱・北の富士戦
この場所の輪島は大関在位4場所目、15戦全勝優勝成る。前年から三役に定着。2ケタ勝利を重ねており、当時25歳の若武者(輪島)はメキメキと力をつけている頃だった。
片や北の富士は、正直言ってピークを過ぎかけていた時期で、この場所は東横綱として9勝6敗。その後はケガが重なり、翌年7月場所途中に32歳で引退した。
「新旧交代」に値する一番かもしれない。

②1977年(昭和52年)9月場所14日目 対 若三杉戦
時の大関、若三杉も下手投げでねじ伏せてみせた。
脂が乗りきった頃の輪島。当場所は中盤まで9勝1敗と優勝争いの一員だったが、11日目から(豊山・貴ノ花・旭國)らに3連敗した翌日の取組だった。
一方の若三杉。この日までの成績は10勝3敗だった。最終盤の横綱大関との対戦(潰し合い)をしている最中だった。
先んじて言うと、この場所を制したのは西横綱・北の湖(9回目・全勝)である。

③1977年(昭和52年)7月場所千秋楽 対 北の湖戦
この場所の輪島は強かった(絶好調)当時の三役陣を片っ端から撃破。14連勝で千秋楽決戦へ。
片や北の湖。7日目に関脇・黒姫山に手痛い1敗を喫するも、この黒星以外は順当に白星を積み重ねて13勝1敗で輪島戦を迎えた。
この場所の星取表を見渡してみて、(当時の)充実した両横綱が場所を引っ張り、盛り上げていたのがよくわかった。

輪島大士の出身地は、奇しくも年明け元旦に大地震に見舞われた石川県七尾市。
石川県を中心とした北陸地方の被災された皆様、並びに(北陸地方在住の)相撲ファンの方々へ心よりお見舞い申し上げます。
 被災された皆様の生活が1日も早く平穏に復することをお祈り申し上げます。

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