若嶋津3番勝負

 春場所8日目にあたる3月15日に、元大関若嶋津こと日高六夫さんが肺炎のため亡くなっている。まだ69歳の若さであった。

鹿児島県種子島に生まれ、南国出身の精悍な顔立ちからついたあだ名が「南海の黒ヒョウ」

大関在位28場所、幕内優勝2回を数える「昭和の名大関」
思い出の3番を振り返る。

①1985年3月場所14日目 対千代の富士戦
とにかく千代の富士に勝てなかったが(対戦成績3勝25敗)その3勝の中の1勝がこれ。
がっぷり四つ、引きつけあいのかけ引きが十分堪能できる大相撲。

②1984年3月場所14日目 対北の湖戦
初優勝を決めた一番。
横綱・北の湖に吊り上げられこれまでかと思いきや、逆襲の寄り切り!
場内の大声援、興奮ぶりが伝わってくるかのようだ。

③1984年7月場所13日目 対北の湖戦
2回目の優勝を決めた相撲。
またも北の湖と堂々と渡り合い、最後上手投げで決めた。
いよいよ横綱昇進へと機運が高まってきた頃。

現役時代を終わって振り返れば、①番と取り上げた千代の富士戦の2場所後のケガによる途中休場を機に優勝争いどころか、2ケタ勝利も上げられず1987年7月場所途中で現役を引退している。

しかし、親方時代も含めた「相撲人生」として捉えてみると、人気歌手・タレント業を引退して、若嶋津を支え続けたみづえ夫人の献身ぶり、家族と同期生・ライバルとして切磋琢磨した太寿山の存在、松鳳山・島津海・一山本ら計7名もの関取を育て上げた「名伯楽」ぶりを思えば、大成功の相撲人生だったと位置づけられる。

ご冥福をお祈りいたします。

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