昭和と共に散った名力士・飛騨乃花

 10代目の年寄・二子山は、第45代横綱(初代)若乃花である。

1962年(昭和37年)の現役引退と同時に独立し、二子山部屋を興す。

横綱2名・2代目若乃花、隆の里
大関2名・初代貴ノ花、若嶋津 を始めとして育てた関取19名。
「猛稽古」という言葉に偽りなく、厳しい指導のもと、強豪関取が次々に育っている。

その中の一人に「飛騨乃花」という力士がいた。
四股名に書いてある通り、飛騨=岐阜県高山市出身。

この頃私も近隣に住んでいたので、よく朝稽古を見に行ったものだが、その稽古土俵を囲んだ顔ぶれが凄かった。上記4名に加え、この飛騨乃花・大寿山・若獅子・隆三杉・三杉里辺りがすらっと出てくる名前か。

下積み生活が長く、関取にたどり着くまで10年。
「稽古場横綱」と称されるほど、右四つになればその名をほしいままにしていたそうだが、本場所では幕内上位の壁を破れず、三役に上がることなく現役を終えている。
唯一の金星を北の湖から挙げている(1981年11月)初顔での快挙。
1989年1月場所限り引退。
最高位は前頭筆頭。
偶然にも「昭和」の終了と同じタイミングで土俵生活に別れを告げている。

引退後、年寄を襲名し角界に残っていたが、数年後に廃業。
相撲茶屋の経営に乗り出していたらしい。


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