元・幕内、幕下59枚目の両雄

 番付発表があった。
上の方(幕内)から見渡してみる。

「新」とか「再」とか入れ替わりがある中で、目に留まったのは幕下下位(しかも59枚目)
かつては幕内まで番付を上げた両雄がここに番付されていた。

東・矢後、西・天風。
共に押尾川部屋所属。

矢後は丸2年、天風に至っては6年以上もの間、「関取」としてのスポットライトを浴びてない。年齢も矢後30歳、天風33歳といつしか30歳を過ぎている(調べたらこの2人、誕生日も1日違いみたいで。天風7月7日・矢後7月8日だそうです)

4年前の2020年に両膝半月板の除去手術以来、ゆるやかに存在が色あせつつあるのか、それに平行するかのようにここ数年は両膝にサポーターを施している印象のある矢後。
一方の天風も、右膝の関節が外れるという大ケガがあったようで(2018年)その後の番付変遷を見ていると、この辺から低迷があるようだ(一時は最大で序二段まで番付を下げたようだが、諦めることなく頑張っている)

性格的には「冗談のひとつも言わない堅物」という矢後に対し
「讃岐の口車」と言われるほど口達者な天風。
タイプ的に真逆とも言えるこのベテラン同部屋コンビに、現在関取不在が続く(元・豪風師匠)押尾川の存在をどんどん世間に発信してほしいものだ。

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大吉は大当利できるのか

 珍名の館・珍名力士の宝庫こと、式秀部屋。
師匠・10代式秀こと元・北桜。

力士数は名古屋場所限りで引退した小山桜を除き、14名(番付外の薩摩桜も含めて)

一部その珍名を抜粋。
冨蘭志壽

爆虎神
宇瑠寅
など。

その中で極まりない珍名と言ったらば、やはり大当利だろうか(私のこじつけもあるが)

大当利 大吉は1999年11月27日に埼玉県さいたま市見沼区に生を受けた。
初土俵は2015年3月、相撲経験は全くないらしい、言わば叩き上げ。

本名の櫛引 大樹(くしびき だいき)でデビュー。前相撲を含む9場所をこの「櫛引」で取っている。全場所負け越し。番付編成上、押し出される形で序二段1場所経験。

ここで心機一転を念ずる形を取ったのか、四股名を「大当利」と改名した。
由来・きっかけは、櫛引を式秀部屋に紹介したラーメン店の店主の命名で改名。この本名が『くじ引きで大吉を引く』ことを連想させることと、立合いで頭から当たれる力士になってほしいという現師匠・北桜の願いも重なっているという。

しかし、開運は拓けてこない。
現時点の最高位は、昨年11月場所の西序二段14枚目。
序二段連続在位25場所。
基本的に押し相撲なのでしょうか「押し出し」での勝ち星が62を数えるそうです(全169勝中)

さぁ、この辺で珍名を広く世間に轟かせようか。
「関取昇進」「各段優勝」と期待したくなるが、そう簡単に成し遂げられる話ではない。

まずは、次のステップ「三段目昇格」を目指してほしいものだ。

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光司と光司

 facebookを見ていたら、双羽黒(北尾)と貴乃花が同じ誕生日(8月12日)だということを私は初めて知りました。下の名前も同じ「光司」というのも。

ピークを迎えたのは、80年代半ばの北尾に90年代半ばの貴乃花と言ったところでしょうか。

通算成績:348勝184敗24休(北尾)、794勝262敗201休(貴乃花)
優勝回数:0回(北尾)22回(貴乃花)

この北尾の優勝0回というのは、今でも引っかかるものがありますね。

北尾の主な同期(花のサンパチ組)
北勝海 年寄八角・協会理事長
小錦 元大関 高校卒業後に18歳で初土俵
寺尾 元関脇 高校中退後初土俵(1979年7月場所) 正しくは昭和38年2月生まれ
琴ヶ梅
 元関脇 現在「力士料理 琴ヶ梅」を経営

貴乃花の主な同期(花の六三組)
 第64代横綱
若乃花 第66代横綱(実兄)
魁皇 元大関 年寄浅香山

など、どちらから見ても見劣りしない錚々たる顔ぶれ。

仮想になるのですが、この2人の現役時代を振り返って、所属部屋や背景、その時点での取り巻きや人間関係がもう少し風通しの良いものだったらば、北尾は10回ぐらい(少なくても5回)貴乃花は22回プラス3回から5回くらいは優勝していたんじゃないかなぁってふと思いました(根拠なし・両雄のポテンシャルからして)

今では北尾が没後5年、貴乃花は協会を追われ個人事務所設立と新たな船出を切っているそうです。

偶然にも同じ誕生日ということで、この2人の栄光と現在地を確認してみました。

北尾(双羽黒)を振り返る↓↓↓

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堅忍不抜の新横綱 平成19年名古屋

 3代目・若乃花 勝は1998年7月場所(名古屋場所)に横綱に昇進している。
所要62場所目(序ノ口から数えて)のことだった。
因みに弟・貴乃花光司は、1995年1月場所に横綱昇進(第65代)を決めている。
なのでこちらは横綱在位22場所目の場所だった。

「大関で2場所連続優勝、またはこれに準ずる好成績を挙げる」
この内規はクリアしているのだが、直近(2場所目)の12勝3敗の優勝に関して相撲協会からは「もう一場所様子見するべきではないか」という声もあったようだが、横審では全く反対意見が出なかったらしい。やはり史上初の兄弟横綱誕生という話題性・興行としてのメリットも加味した部分もあったのか。
大関29場所目での横綱昇進というスロー出世でもあった。

短命・後継者が少ないとされる「不知火型」を自ら選択。ジンクスに抗い牙をむいた。
自らの手で不知火型を切り拓くという、ある種の意欲の表れか。
(その不知火型のパイオニア・白鵬の台頭まで、ここから9年を要した)

注目された伝達式の口上では「『堅忍不抜』の精神で精進していきます」と力強く言い切った。
※堅忍不抜とは・・・忍耐に優れていて、確固として動じないこと

さて迎えた本場所、5連勝とこの上ないスタートを切るも2連敗⇒4連勝⇒(12日目からの最終盤を)1勝3敗 場所成績10勝5敗と「横綱」としての及第点にも届かない凡庸な成績で終わった。

まぁいろいろ検索中で思い出したことは、この辺りぐらいからですかねぇ。
この兄弟に亀裂が入り始めたのは。
何だか貴乃花が若乃花に対し、
「若乃花の相撲には基本がない」とか「もう話す必要はない」だのケチをつけ始めたのは。
整体師による洗脳騒動というのは、どこまで本当で真実なのでしょうか。
このお二人、今でも不仲のようですし。

少し横道にそれました。

結局、3代目・若乃花の横綱在位中の優勝はなし。
在位わずか11場所。
大関時代同様、あるいはそれ以上にケガに苦しめられ、2000年春場所途中で引退。

「横綱」という肩書きに対し大成成らず。
不知火型の呪いを打ち破ることはできなかった。

こんな時代もあったのですが・・・。

止まらない汗をこれで拭き取りましょう

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愛知県体育館の優勝力士 昭和47年・高見山

 愛知県体育館での最後の場所だった名古屋場所。60年(60回)開催されたこの会場での優勝力士を振り返ってみた。
すると、52年前の7月場所にあの高見山が13勝2敗の好成績で史上初の外国出身力士による幕内優勝を成し遂げていたことがわかった。今日はここに着目して振り返ろうと思う。

アメフトに打ち込んでいたというジェシー少年。
しかし、高校時代に交通事故で足腰を負傷して1年間歩行不能になるほどの重傷を負い、アメフトを断念。
高校卒業後は運送会社で働いていた(パイナップル工場に勤めていたという説もあり)

相撲界に入るきっかけは、当時の明治大学相撲部長の紹介で師匠の高砂(元横綱・前田山)に5年間衣食住を保障するとスカウトされ来日。

苦労の始まり
異国・異文化の違いに苦しめられた。
ちゃんこの味に慣れるのに1年
体が固く、股割り稽古には「目から汗が出た」(←これ有名な話)

力士として
十両まで3年。その十両は負け越し知らずで5場所で通過。
幕内に上がって4年半でチャンスが訪れた。
この期間に敢闘賞2回、金星2個を獲得、小結9場所を経験。
順調な出世に平行して実力も着実につけてきた。

昭和47年7月場所
当時、一人横綱だった北の富士が全休、大関・大麒麟が途中休場ではあったが、高見山は並み居る強豪を撃破。13勝2敗で見事、史上初の外国出身力士による幕内最高優勝を成し遂げた(当時の番付・のちに横綱になる琴櫻は大関、関脇に輪島と三重ノ海、北の湖に至っては東前頭7枚目)2敗は(琴櫻と貴ノ花)によるもの。動画は千秋楽(優勝を決めた)旭國戦。

表彰式では当時のアメリカ大統領、リチャード・ニクソン氏の祝電が読み上げられた。

以後、大関候補として注目されるも2ケタ勝利が続かず。

しかし、気持ちは切らせた訳でない。
(初優勝以降の)獲得金星9個、三賞獲得・殊勲賞5回、敢闘賞3回を記録。

ジェシーは常々、「40歳まで相撲をとりたい」「両国国技館で相撲を取りたい」と語っていたそうだが、それは叶わなかった。

1984年(昭和59年)5月場所、引退を表明。

引退後、40年以上経った現在でも輝き続ける記録がある。
幕内在位:97場所
通算連続出場:1425回
金星獲得:12個
幕内通算出場:1430回
などなど。

引退後、年寄・東関を襲名。
墨田区東駒形のこの地で曙・高見盛・潮丸・華王錦などを育てている。

後年、あの元・横綱 白鵬が親方の宮城野部屋が仮住まいしていたが、例の不祥事により部屋が消滅。もぬけの殻になったであろうあの部屋の3階部分にジェシーは住み続けているのだろうか。

これ面白そう↓↓↓

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