付出制度を放棄、前相撲デビューを志願した若者

 あさって日曜日から始まる九州場所の新弟子検査受検者はたったの3人と寂しいもの。全員が体格基準(身長1メートル67、体重67キロ以上)をクリアしたそうだ。内臓検査の結果に問題がなければ九州場所初日に合格が発表され、3日目から行われる前相撲で初土俵を踏む。

なかでも、安治川部屋に入門する長谷川力響(かおと)に注目。
師匠・安治川親方(安美錦)と同郷の青森県。多数の関取を輩出した五所川原農林高校出身。

ネットニュースにこの長谷川を紹介する記事が散見されていたので、余程のエリート力士が入門したのかなと思いきや、そうではなく「エリート」部分は合っているのだが、今年8月の全国高校総体個人戦で3位に入賞した実績で、現状の三段目付出制度に満たされているにも関わらず、自ら権利を放棄して前相撲からデビューすることを選択したという。 理由として「三段目から入ってすぐに関取になれるかというと、どちらにしても自分の力をつけていかないとダメなので」と話し「前相撲からでも遅くないので、下から上がっていきたいです」と1からスタートしていくことを誓った。

その長谷川力響↓↓↓

学生横綱やアマチュア横綱を獲得しながら前相撲から取っている例は今までもあるが、そのほとんどが大学3年以下の時にタイトルを獲得して入門時には資格(取得日から1年以内)が失効していた事例(最近では正代や嘉風、常幸龍、北勝富士)がこれに当てはまる。

この心意気やいかに。
普通に考えて、序ノ口デビューから圧倒的な実力差を見せつけて、7-0や6-1連発で駆け上がっていくのか(最近の熱海富士のように)

この長谷川には妹と弟がいるそうで、地元・青森で相撲をしている。
下の名前がこの長谷川力響同様「響」という字が入り、妹「心響」弟「和響」と書くそうだが何て読む?

安治川部屋には、もう一人受検者がいる。沖縄・中部農林高3年の前田俊之丞。
こちらは、全国高校総体80キロ未満級ベスト16の実績を持つ。
新弟子2名入門の安美錦師匠の安治川部屋は、これで弟子数6人となる。

やっぱりか、照ノ富士

 やっぱり横綱が休場になった。
3場所連続の休場、とても残念で寂しい。

師匠(元横綱旭富士)によれば、
「出るつもりでずっとやってきたが、いなされると対処できない」
「膝をかばうために腰を悪くしている。無理するとまた膝を悪くする。そうすると相撲が取れない」
「前に出ると痛みが走る。稽古場でも前に出る相撲はできていなかった」
などなど、悲観的なコメントがあったそうだ。

横綱・照ノ富士の相撲人生を長年・いや今も悩ませ続ける膝の痛みではなく、今度は腰の痛みから発せられた所見である。

思えばこの一番を境に休場が続く↓↓↓

その日(今年7月12日)のブログ投稿、私の論評には「歩くことはおろか、上体とひざがカクンカクンしているようで誰かの支えがないと、倒れてしまいそうと言っても過言ではない」とあった。
翌4日目に「腰椎椎間板ヘルニア及び腰椎椎体終板障害により1ヶ月の加療が必要」として結局それからずっと休場、今場所も(おそらく全休)の判断に至る。

相撲ファンなら誰でも知っているところだが、照ノ富士は大関まで登り詰めたあとに、膝のケガがきっかけで最終的に序二段まで陥落した過去がある。

人間、どこにケガや病気をしても不自由するものだが、膝と腰といったら要所であり急所だ(力士だとなおさら)

相撲興行として考えると肝心要の「横綱」という存在であり、外せないピースだが、番付・立場から見ると今回はやむなしの結論か(横綱という立場相応の相撲が取れないという意味での)

しかし、今度こそ出場を決意した時には横綱人生(力士としての)進退を覚悟しなければならない。

今は我慢のしどころです↓↓↓




追悼場所へ、高砂のホープが挑む

 大ちゃんこと、4代朝潮太郎(先代高砂)が亡くなって早や一週間。
この九州場所はその先代に追悼の意を表する場所となる。
高砂の力士達は気持ちを奮い立たせてくるだろう。

現在関取は2人(元大関・朝乃山と十両2場所目の朝紅龍(石崎))
次なるホープは誰かなぁと調べれば、最新の番付には幕下が8人。
この8人の中で最上位(東幕下4枚目)に番付されてるのが「深井」である(本名)

深井拓斗

1997年9月10日生まれ 石川県羽咋市出身 26歳
小学校2年から相撲を始め、6年生の時にわんぱく相撲出場から中学横綱、元大関・出島を筆頭に実力者を多数輩出した金沢市立工業高校時代も全国大会で個人・団体ともに優勝や上位入賞を経験。東洋大学進学後も(相撲部で)活躍はしてきたが優勝(アマチュア横綱や学生横綱)には縁がなかったようだ。
卒業後、母の勧めもあってプロ入り、高砂部屋に入門した。
アマチュアでの実績が認められ、三段目100枚格付出デビュー。
プロ2場所目に夢道鵬(大嶽・貴闘力の4男)と決定戦で三段目優勝を争い勝利した。
以降は幕下に戦場を移し、丸3年が経つ。
特に今年夏場所以後は
東幕下17枚目
西幕下12枚目
西幕下8枚目 でそれぞれ4勝3敗と力士として大きな意味を持つこの番付でしぶとく勝ち越しを重ねてきた。

過去の自己最高位西幕下4枚目から0,5枚上げて「東」幕下4枚目で勝負の場所に挑む。

大ちゃんといつまでも↓↓↓



ご当地で勝負を賭ける、島津海

 九州場所のご当地力士、十両から幕内へ大勝負を賭ける力士がいる。

島津海 空(しまづうみ そら)
鹿児島県種子島(西之表市)出身
父は地元・草相撲の強豪力士。そのため現役時代の大関若嶋津と相撲を取る機会があり、この時の縁が自身の松ヶ根部屋入門に繋がったという。

小学校1年から廻しを締めて地域の大会に出場したこともあるそうだが、特筆すべき実績は挙げておらず、ほぼ未経験から中学校卒業と同時に当時の松ヶ根部屋に入門した(師匠・若嶋津)

三段目に上がるまで初土俵から1年かからなかったが、そこから幕下まで3年ちょっと。さらにその時から十両まで5年以上かかった。この間に休場が3場所あり、三段目との往復が続いた時期もある。

去年3月に念願の新十両入りを決めた場所途中に自身を育ててくれた若嶋津が停年。
十両昇進後は2ケタ勝利こそないもののコツコツと番付を上げ、いよいよ勝負の時がきた。

速く動いて、いかに得意のもろ差しに持ち込めるかがカギとなる。
種子島出身、浅黒い肌、どこまでも前師匠の若嶋津を彷彿とさせるこの島津海の活躍に期待したい。

十両昇進を決めた時の会心の一番がありました↓↓↓

現師匠とともに放駒部屋を盛り上げる↓↓↓

続・育盛物語

 ありふれた言い方だが月日・歳月が経つのは早いものである。
異色・珍名力士の育盛が去って相撲界を早や9年が経った。
当ブログでこの育盛を取り上げてから、1年以上が経つ。

(皆様のおかげで)この投稿はコツコツと着々とアクセスを集めている。
ありがとうございます。

そうこうしているうちに、YouTubeを見ていたら更新されていた、育盛の近況を伝える動画が。
聞けば半年ぶりの更新で、この間は大なり小なり鬱状態が続いていたそうだ。
現状では「食事が難しい」とのこと。
食べれる時は食べれるけど、食べれない(ひどい時)には戻してしまうこともあるとか。
鬱って、想像できなくて難しい。
体重も10㎏以上も以前より減ってしまったとのこと(60㎏弱)と、元相撲取りを感じさせない現状だ(元々、相撲をやるには)軽量すぎたが。

今後についても語ってくれた。
・(なるべく)動画の投稿頻度を増やすこと。
・今までは(複数本の動画を)限定公開だったのを元通りに公開していくつもり。
など語っていた。

一角度(いちかくど)からひたすらに元・育盛が映し出され、ある種声明のような動画ではあったが、育盛こと田井 雅人が元気そうにやっていることだけは確認できた。

珍名四股名を名乗ったがゆえに、ここまでスポットを浴び続けるのも「育盛」こと田井雅人の運命か。

育盛は今月8日で27歳を迎える。
彼の今後の人生・道のりは誰にもわからない。

https://www.youtube.com/watch?v=DFfl9UQG9lE

相撲シーズン到来だ↓↓↓