生田目、復活なり

 7場所ぶりに十両に再登場する生田目。

左膝の大ケガにより、番付を大きく下げたが(西三段目28枚目まで)
復帰後は三段目優勝や幕下優勝決定戦進出など、実力者ぶりを発揮、持ち味の突き押し相撲も健在だ。

少し掘り下げれば「史上最強」の誉れ高い旭富士を突き出して見事破り、この対戦相手の連勝記録(初土俵からの)を「25」でストップした相撲は秀逸だったし、先輩力士(関取)としての意地を見せつけた。
その何もさせずに(旭富士を)仕留めた相撲がこちら↓↓↓

この一番に勝って5勝目、6番相撲にも勝利し、7番相撲に勝てば1発で幕下優勝だったが残念にも敗北。
しかし幕下3枚目での「6勝」で文句なしに再十両入りを獲得、捲土重来を期す。

新十両、話題のハーフ力士・丹治(西十両10枚目)に対峙するように東十両10枚目に番付されたこの生田目。持ち前の突き押し相撲に徹底して、新入幕への礎を築きたいところだ。

二子山部屋・狼雅に続く2人目の関取として、所属部屋と秋場所の土俵に灯りをともす。

墨田区亀沢所在2部屋の差異

 東京都墨田区亀沢には、現在、相撲部屋が2部屋が(下記に)存在する。
そういえばこの2部屋、同じ町名に加え、何丁目何番地まで一緒!
気づいたことというか(調べればわかることレベルを)少し対比する。

八角部屋

61代横綱・北勝海が師匠。
現在の相撲協会理事長を務めるあの八角親方である(目下7期目)

錦戸部屋

元関脇・水戸泉が師匠。
豪快な塩まきは「ソルトシェイカー」と呼ばれた人気力士。
幕内優勝1回を記録。

住所:
八角部屋 墨田区亀沢1ー16ー1
錦戸部屋 墨田区亀沢1ー16ー7

力士数:
八角部屋 11名(新弟子含む)
錦戸部屋 1名(可哀想な次元)

年寄:
八角部屋 4名 東関(元高見盛)
        君ヶ濱(元隠岐の海)
        大山(元北勝富士)
        陣幕(元富士乃真)
錦戸部屋 2名 若松(元朝乃若)
        千田川(元徳勝龍)

行司:
八角部屋 2名
錦戸部屋 1名

呼出:
八角部屋 1名
錦戸部屋 2名

床山:
八角部屋 2名

世話人:
八角部屋 1名

となった。

(失礼な言い方になるが)
力士数1名の錦戸部屋は、裏方もきちんと所属しているし、相撲部屋としての体(てい)を成していると思うが・・・。
(部屋の)後継は若松か千田川か、人脈やスカウト網はどれくらいあるのか。

八角部屋、北の若に継ぐ関取は?と探してみたが、新弟子の北勝(ほくと・モンゴル出身)新潟海洋高校出身(横綱・大の里と同じ)これ、面白そうな人材。
部屋の後継は、君ヶ濱か大山か。

芝田山部屋、凋落傾向の現在地

 師匠は、おなじみ62代横綱・大乃国(愛称・スイーツ親方、キングオブスイーツなど)

引退後、しばらくは自身が現役時代を過ごした放駒部屋付きの親方をしていたが(8年)その後独立、部屋創設は27年を超える。

そんな芝田山(大乃国)も年を取り、65歳(定年)まで1年ちょっと。
現役力士の所在などを追ってみた。

力士数:5名(三段目と序二段に各2名と番付外1名)
年齢層:40代・1名 30代・3名 20代・1名 と「?」マークがつき、将来有望な力士は少なくとも「いない」と言い切っていい。

元大関・魁傑時代の放駒部屋
元前頭・三杉磯の峰崎部屋
などが部屋閉鎖の際に力士や裏方が移籍し、その都度、部屋の勢力を上げたはずだが、抜きんでた力士や関取を育成しきれていない。

力士育成を「社会に通用する人間であれ」を親方としての信条とし
相撲取りとしての理想を「穏やかで柔和な表情の下に闘志を隠して、ここぞというときに勝負をかける」と述べていたとか。

ということで、強豪力士の育成にはあまり主眼に置いていないのか、アマチュアからの勧誘(スカウト)も(部屋所属の)現役力士の経歴からすると行っていないようだ。

芝田山部屋が輩出した関取は以下の通り

若乃島
大勇武(だいゆうぶ)
魁(さきがけ)
の3名のみ。
最高位はいずれも十両だが若乃島と魁は放駒からの移籍組。
大乃国が育てた生え抜きの大勇武に至っては1場所のみの十両(関取生活)という有様。

かつて隆盛極めた
初代・若乃花師匠の二子山部屋
元前頭・大ノ海師匠の花籠部屋
が所在した東京都杉並区からいよいよ相撲部屋が消滅してしまうのかと「風前の灯火感」漂う、現在の芝田山部屋である。


川副楓馬、ここにあり

 川副 楓馬(かわぞえ ふうま)

川副と言えば、どうしても、現・花の富士(=一時期の輝鵬)を思い出してしまうが(宮城野→伊勢ヶ濱所属(現在))そうではない。

しかしこの花の富士のいとこ(一族)なのである。

花の富士の日本大学相撲部出身に対して、
川副は早稲田大学相撲部出身。
且つ、学業にも力を入れた学生を表彰する早稲田アスリートプログラムの優秀学業成績個人賞を3回受賞という秀才・凄腕。

(アマチュア経歴は)小学生時には全日本大会優勝に始まり、高校では総体団体優勝メンバー、個人総体ベスト8、早稲田大学相撲部団体Aクラス入りに貢献したのち、
今年3月、安治川部屋から初土俵(プロデビュー)
2場所連続6勝1敗と順調な滑り出しを見せ、一足飛びに番付を駆け上がっている。

また、出身地も花の富士と同郷となる熊本県宇土市。
この度、震災に見舞われた多くの方々に、今後の出世と活躍で「活力」という名のメッセージを送り続けたい。

押し相撲に磨きをかけ
「全身全霊」を信条に心に秘め
敬愛する安青錦から「相撲道」という名の生き方を学ぶ

川副 楓馬、前途の視界は良好か。



嵐富士、十分な嵐を呼んだ

 7月名古屋場所(唯一)新十両だった嵐富士(伊勢ヶ濱)
初日から7連勝と驀進。これは「どえらいやっちゃ」と感じた。

翌、中日(8日目)に西ノ龍(境川)戦で完勝と思いきや、僅差で嵐富士の右足が先に土俵から出ていて「勇み足」による負け(初黒星)

しっかりと切り替えもできて、翌日から3連勝で勝ち星を2ケタ(10勝)に乗せた(素晴らしい!)
しかし次の日(12日目)から今度は3連敗、対戦相手は(順に)湘南乃海、出羽ノ龍、朝翠龍。
やはり、終盤にきてメンタルと(初の15日皆勤による)肉体的な疲れなどが重なったか。

しかし、千秋楽の旭海雄戦は(気力における)すんでの差で(肩透かしを決め)11勝目を掴み取り優勝決定戦に進出するのだった
(負けじ魂を発揮したこの一番(本割)は)次の通り。

決定戦では初戦に寿之富士(伊勢ヶ濱)を呼び込むような感じに引いてしまい、あっさりと墓穴。

嵐富士 奏凪人の新十両場所は、
東十両13枚目 11勝4敗(優勝同点)と見事な結果を残して幕を閉じた。

「新十両なので、派手な色にした」と話し、真っ赤な締め込みがよく映えた嵐富士。
番付を大幅に上げるであろう来場所も、その先(将来的にも)スピードを主軸にした気合溢れる相撲で会場内とテレビ桟敷を大いに沸かせてほしいものだ。