蒼国来 どん底経験で培った力士への優しさ

 あの大波3兄弟が所属している荒汐部屋。
現在の親方は元前頭・蒼国来。中国内モンゴル自治区赤峰市出身。
2011年の八百長問題で、当時の蒼国来が関与し認められたと報道され、立場と運命が一変。その後に味わった苦労と辛酸の一部分を書こうと思う。

2011年にこの問題が発覚した時の蒼国来の番付が東前頭16枚目。初土俵から6年ちょっとで関取へ。番付上昇と共に、力士としての花が少しずつ咲き始めてる頃だった。

最終的に蒼国来の八百長関与は認定され、相撲協会の臨時理事会は蒼国来を引退勧告処分。
蒼国来は処分に応じず引退届を提出しなかったため、更に重い解雇処分となった。退職金は満額支給すると表明されるも、蒼国来は受け取らなかった。

裁判に持ち込まれ、すったもんだが始まった。
蒼国来側代理人は当時の放駒理事長が師匠の荒汐親方に、解雇処分後も荒汐部屋で生活する蒼国来を追放するよう命じていたことを暴露なんて話もあったとか?で、まさに泥沼化した。

当時の本場所・国技館前から両国駅ロータリー(国技館寄り)辺りで署名活動がされていた。その主旨は、蒼国来土俵復帰を願うものだった。女性中心の3~4人が「蒼国来の土俵復帰にご署名をお願いしまーす」と訴えかけるような声掛けが心に響くものがあったので、私は快く署名に応じた。

2013年3月に証拠不十分などで、解雇無効判決が下った。
翌月の臨時理事会でもこれを承認。この結果、蒼国来は約2年ぶりに現役力士として復帰することが決定した。相撲協会には離職者の復帰を認めない規定があるが、敗訴を受けて異例の決断に至る。
解雇期間中、トレーニングのし過ぎで足が腫れ、治るまで1ヶ月間トレーニングを中断せざるを得なくなった苦労も報われた。
こういった経緯で同年7月場所の名古屋場所で本場所に復帰。番付は解雇時の地位と同じ西前頭15枚目となった。

その後の活躍は言うまでもない。
技能賞1回に、金星1個(日馬富士に土をつけてみせた)

2020年3月場所後に引退を発表。年寄・荒汐襲名を発表。

荒汐部屋のホームページにこんな記載があった。
入門後5年以上経過した者・頑張った力士が条件だそうだが。

  • 引退後,最長1年を限度として,荒汐部屋での生活を続けることができる(生活環境の一時保証)
  • 希望する就業に必要な,資格や免許の取得について,その費用の一部または全部を荒汐部屋が負担する(修業技能習得機会の保証)
  • 就職希望先への推薦・紹介を,荒汐部屋ならびに関係者が積極的に行う(よりよい就職環境の保証)
  • 就職後も,さまざまな問題等について,荒汐部屋ならびに関係者は,その相談・援助を積極的に行う(生活上の諸サポート)
    というもの。

    自ら味わった苦労から、どうしたら少しでも頑張ってきた力士にメリットを与えられるか考え、識者と話し合った取り決めなのでしょうか。

    ここまで引退後の人生を考えてくれる相撲部屋ってあるんですかね。
    いずれにしろ、「5年」という大きなハードルを乗り越えた力士に当てはまるものだそうです。

    公にしないだけで、これに近い内容のサポートをしてくれる部屋もあるのかもしれませんが。

    どこまでも力士思いで力士ファースト。心やさしい荒汐親方だ。

蒼国来を振り返る↓↓↓

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語文字列規定値未満エラー時に表示される文言